台湾式十二経絡との出会い

 

【転勤/環境の変化】

東北震災の前年の2010年10月に夫の転勤に伴い埼玉から沖縄に引越しました。

当時、私も全国展開をしている企業に勤めていた為、転勤させて貰えるように周りの皆さんが計らってくれました。

「お陰様」で仕事を続けられる好条件だったはずでした。

しかし、なかなか新天地に慣れず、「郷にいれば郷に従え」で私なりに合わせる努力をしてみましたが

思えば思うほど遠ざかり、行けば行くほどぬかるんでくる そんな状態が続きました。

 

【発病】

2012年5月に自分の身体に異変が出ました。

休日に家族でマッタリとお散歩していましたら、突然右鼠径部にビリッっと電気が走るような痛みを感じました。

しばらく休んでいると落ち着いた為、そのままにしておりました。

そして、翌月。

お客様宅に向かう自転車を漕いでる最中に、また右鼠径部に激痛が走ったのです。

あまりの痛さにうずくまるほどでした。

私は元々生理痛があるのですが、

年に1,2回はある「非常に痛い生理痛」の数倍の痛みに感じました。

生理痛なら「イヴ」を飲んで暫く安静にしてたら収まりますが、

この痛みは「イヴ」では収まらなかったのです。

部位的に、女性特有の病気になったんじゃないか?と考え、

ここで最初の大きな病院に行くことにしました。

検査の結果、子宮、卵巣などを含め異常ナシでした。

「様子を見ましょう」と言われ病院をあとにしました。

異常が無かった訳ですから私も安心して、アレはいったい何だったんだろう??

と、気にもとめずに過ごしておりました。

相変わらず職場環境は私にとって辛いものでしかありませんでしたが、

しかし「退職」を決意しておりましたので、そこまでは頑張ろう。と、

自分自身の中で「区切り」が出来たのですが

決して生産性のある前向きなモノでは無いため、

とうとう「自分らしさ」と言うものを最後の最後まで発揮することなく

終わろうとしているのが情けなかったのは確かでした。

そして翌々月の8月。またも七転八倒の痛みに襲われました。

「祈る気持ち」で鎮痛剤を飲みますが、効きません。

少しでも痛みが和らぐなら胃が荒れてもいいや。と、更に鎮痛剤を飲みます。

やっぱり効きません。

「いったい何なのよーッ!」と気が狂いそうでした。

分厚い「家庭の医学」を引っ張り出し、何か痛みが和らぐ民間療法が無いだろうか?

と、藁をも掴む思いで探しました。

漢方の本に「豆腐湿布」は卵巣の腫れや痛みに効くと書いてあったので、

万が一でも試してみよう!と、冷蔵庫の豆腐を取り出しガーゼに包んで鼠径部に当てたら

あら不思議!!痛みが和らいだのです。 やっと寝れる・・・と、

痛みから解放される安堵に涙が出ました。

次の日、会社を休み「豆腐湿布が効いた!」という成果持参で病院へ。。。。

 

 【ホスピタルショッピングの始まり】

「やっぱり卵巣とか卵管とかソコラへんなんじゃないんですか?!」

私は病院に対する不信感で一杯でした。 

お医者さんも「うーん。豆腐ねぇ、、、」と困っている様子です。

こんなに痛いのに「何もない」わけが無い! 

何とかしなさいよ!!

せめて痛みに効く薬を出しなさいよ!!

イライラ度はMAXでした。

この病院ダメだわ。と見切りをつけ次の大きな病院へ。

MRI、CT検査をしてもやっぱり「異常ナシ」なのです。

そして2件目の病院の先生に言われたのが

「会社を辞めたら良くなるんじゃないかな?9月末までなんでしょ?それまで様子みましょう。」

 

「様子みましょう」 もう、このフレーズに戦慄を覚えるほどでした。

4ヶ月様子見てるけど、毎月痛いんですっ!!!

それでも、「会社を辞めたら・・・」との言葉にピンと来て、

自分で思うよりストレスに感じてるのかもしれない。

ここでイライラしたってしょうがない。もっと辛くなるだけだ。

あと1ヶ月だ。仕事を辞めたら痛みが消えるかもしれない。と、

自分に言い聞かせ病院をあとにしました。

 

しかし、私の痛みの症状は退職の日が近づくようになっても続きました。

幸い2件目の病院で処方された「ロキソニン」が効き、

毎日飲み続けながら仕事に向かうのですが、

ある朝は、起きた瞬間グラッと空間がよじれるほどの強い目眩に襲われ吐き気を抑えながら

会社に行きました。

やがて退職し、10月、11月、12月、、、、良くなるどころかどんどん悪くなり

ついに2件目の病院にも見切りをつけ、「女性特有の病気」に評判の良いクリニックを

インターネットのクチコミで探し行ってみました。

今までの経緯を先生に話しましたが、その評判の先生にこう言われたのです。

「アナタの場合、心療内科じゃないでしょうかね?

だいたい何で卵巣だとか卵管だとかって思うの?? 豆腐湿布ってアナタ。。。。

体表面からそんな近い所にあると思ってるの?」と、、。

無知な自分への恥ずかしさなのか、思いっきり手を払われた悔しさなのか、

顔を真っ赤にして診察室を出て行き、クリニックの駐車場で声を上げて泣きました。

母が北海道から私を心配して来ていたのですが、

黙って背中をさすってくれたのが救われました。

 

【ついに心療内科へ】

年が明けましたが、月の半分は痛さで寝たきり。

夫が仕事から帰ってきたらご飯仕度をしてくれる毎日でした。

家族への申し訳無さから、抵抗を感じていましたが心療内科に行く決心をしました。

痛いのは確かなのに、本当は痛くないってことだろうか?

そんなバカな事がある訳がない。こんなに辛いのに!!

・・・・・・今だから言える事ですが、私の心は怒りで満ちておりました。

順調に行っていた関東でのキャリアをフイにして、引っ越さなきゃならない怒り。

まったく噛み合わない職場環境への怒り。

助けない医者。効かない薬。訳のわからない痛み。

すべてに対して憤りを感じてました。

そして何より、そんな自分が嫌いになっておりました。

いわゆるストレス太り・・というモノが本当にあるのかどうかわかりませんが

当時の私は157センチ64キロ。わずか1年余で沖縄に来て10キロ太っていたのです。

人生史上の大記録でした。

行きたくもない心療内科の待合室の鏡に、

不平不満で顔を歪めた太ったオバさんが写ってます。

「もう死んでもいいなー。」と、ふっと思ったりもしました。

前回の評判の良いクリニックの先生のボディーブローが効いており、

ナニを言われてもたじろぐ事ないように、心の準備はしておりました。

、、、が、いくつかの問診に受け応えたあと、先生に

「まったく何かっていったら心療内科に行けっていうんだから、かなわないって!ねー!?」

などと言って笑うのです。

痛いの痛いのとんでいけ~~っっ♪&♥って言われた気分です。

「はぁ~。」と締まりの無い返事をしながら、帰宅する途中で決めました。

 

【もう、病院行かないでおこう。】

 意を決して来た心療内科もウチじゃない。と言う。

自分で出来る事がきっとあるはずだ。もう行くなって言ってるんだ。

そう思い、長年の悪習慣であった「飲酒」を辞め、朝からコーヒーをガブガブ飲むのを辞め

白米を辞め、100%玄米に変えました。

➀断酒 

②コーヒー⇒紅茶

③白米⇒玄米100%

この3つだけを実践してただけですが、2ヶ月後の3月。

体重がマイナス4キロ減の60キロになってました。

運動なんかしてません。運動なんて出来ません(笑)

そもそもダイエットをしてる訳でもありません。

相変わらず痛みはあるのでロキソニンは飲んでましたが

「足ツボの本」を2冊買い込み、なんとか自分のチカラで治したい!と、思っていました。

病院に行っても傷つくだけだし、余計イライラするだけですもの。

それなら自分でナントカするしかない!と、その時は思ってました。

 

【ペインクリニックへ、そして病気が明らかに。】

2013年3月、北海道から実母と弟が沖縄に遊びに来ました。

弟は初めての沖縄、3人でヤンバル(沖縄県本島北部)に旅に出ました。

久しぶりの弟、北海道からほとんど出た事のない弟にしてみればソコは外国。

楽しい旅になるはずでしたが、旅も終わり帰路につく車中で激痛に襲われました。

脂汗を流し痛がる私に、母も弟も為すすべもなくオロオロしているだけでした。

再度、家族に病院へ行くことを勧められT病院の内科へ。

そしてT病院から更に「ペインクリニック外来」へと紹介をして戴き、

この意味不明な痛みが脳の誤認識によるもの ではないか?と仮診断されました。

私の一連の痛みは、必ず生理の後にやってきます。

前出したとおり、私は若い頃から生理痛に悩まされておりました。

生理痛という「痛み情報」が脳に伝達されたらスィッチが入るようなのです。

初めて自分の痛みの正体の尻尾が見えて来たとき、

この病気を引き起こした原因はすべて自分に起因するんだという事を知り

愕然としました。

 

 

 。♥。・゚♡゚・。♥。・゚♡゚・。♥。台湾式十二経絡との出会い②に続く、